第3回 KPIとESの向上

コンタクトセンター運営の成果として、さまざまなKPIを通して判断をする。KPIの向上の要因のひとつとしてESの向上が挙げられる。なぜESが数字に直結するのか、そして、本当に満足できる職場環境とはどんなものなのか。古典の言葉や心理学を引用しながら、どうしたらよいかを考えてみよう。


ES(従業員満足)とは

ESという言葉を聞いたことがない方はいないだろう。ES=「Employee(従業員)Satisfaction(満足)」の略である。ESの向上とは、従業員が満足と感じるような、イキイキと働ける環境を会社の戦略として積極的に整備し支援していくことだ。まずは、人がイキイキと働くことができる環境とはどのようなものかをまず考えてみよう。

人間の欲求と満足とは

図‐①は、言わずと知れたマズローの「欲求階層説」である。これは、アメリカの心理学者アブラハム・マズローが、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。マズローは、この理論について「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と提唱し、「自己実現理論」とも呼ばれている。

 

この理論では、人間の基本的欲求は「5段階のピラミッド」のようになっていて、底辺の欲求が満たされると、1段階上の欲求が出てくると説いている(ピラミッド下部の欲求が100%満たされていなくても、上部の欲求は出てくるという説もある)。

人が仕事をする際には、どの欲求段階にいることが多いのだろうか。生活をするための賃金を稼ぐためであれば「安全・安定の欲求」であろうし、社会の一員として存在したいということであれば「所属と愛の欲求(社会的欲求)」、認められ、重要な仕事を任されたいと感じているのであれば「承認の欲求(尊厳欲求)」や「自己実現の欲求」の段階にいると言えるだろう。

 

ここで、図‐①の右側を見て欲しい。欲求階層説に人間の「充足モデル」を当てはめてみた。人が満足をするための要素を3段階のピラミッドで表している。「機能的充足」とは、契約通りに働くことができ、生活することが賃金を得ることができれば満足につながる。次の「儀礼的充足」を満たすには、社会の一員として、マナーや礼儀をもって接してくれていると感じることが必要だ。一番上の「自尊心的充足」とは、自分が尊重されていることを感じることで充足する。

満足度が顧客対応に直結する

そして、人は充足されているレベルでしか、人に影響を与えることはできない。四書五経の一つ「大学」のに「八条目」と呼ばれる有名な教えがある。その後半が特に有名な「修身・斉家・治国・平天下」という言葉である。天下を治めるには、まず自分の行いを正しくし、次に家庭をととのえ、次に国家を治め、そして天下を平和にすべきであると説いている。

 

これを、コールセンターの業務に置き換えてみよう。例えば、自分自身が不安定で不満な状態であるのに、顧客の要望を積極的にくみ取ろうとすることができるだろうか。より迅速に対応しようと思えるだろうか。また、クレームを受けたとしても、その意見を社内で活かそうという動きにつながることなどありえないだろう。さらには、自分の仕事を通して社会貢献していこうなどということには、毛頭思いは及ばないだろう。会社の窓口であるコールセンターのコミュニケーターには、電話対応を通して顧客に感動を与え、会社のファンになってもらう=売り上げを伸ばしていくという重要なミッションが与えられているはずだ。

 

では、その実現のためにはどのようにしていけばよいのだろうか。

充足モデルに戻ろう。ピラミッドの下の2つは、社会の一員として働いていれば、自然と行われていることかと思う(マナーや挨拶などができていない社内環境であれば、早急に改善する必要がある)。だが、よりパフォーマンスを上げるには、コミュニケーター一人ひとりの状況や実力を鑑み、承認したうえで仕事を任すことが重要だと考える。

叱られてもパフォーマンスは上がらない

あるカード会社の督促センターに、Sさんというオペレーターがいた。入社4年目の中堅で、おっとりとした性格だった。その一方、よく気が利き、細かいチェックや作業が得意だった。生産性も勤務態度も良く、次期管理者にも推薦したいというような人物であった。しかし、そんなSさんが、決まってミスを犯してしまうタイプの顧客がいた。40~50代の男性で、口調が荒く早口で、押しが強いタイプだった。このような顧客の受電をすると、伝えるべきことが漏れたり、おどおどとした口調となり、クレームを頻発させてしまうのだ。

 

そのセンターはチーム制をとっており、SV1名が10名程度のコミュニケーターを指導していた。彼女を担当していた男性SV・Tさんから「いつも、ついつい怒ってしまう。あるタイプの顧客だけ対応ができないなんて、甘えじゃないのか。ほとんどのお客様には良い対応ができているし、処理スキルも高いのに残念だ。何とかならないものか。」相談を受けた。

 

私はヒアリングを行った。彼女は涙を流しながら「私には向いていない。」と落ち込んでいた。「お客様には同様に対応しなくてはいけないのはわかっています。一生懸命最後まで対応しようと何度も頑張りましたが、でも、どうしてもダメなんです。Tさんには申し訳なくて…ただ、男性に怒鳴られてしまうと、余計にどうしたらよいのかわからなくなってしまいます。」と心の内を明かしてくれた。ここでは細かく書かないが、彼女は過去、苦手なタイプの顧客に似た人物に、深く傷つけられていたのだ。そして、荒い口調を聞く度、それを思い出し委縮してしまうとのことだった。

 

私は担当SVのTさんにあらましを伝えた。そしてダメだと思ったら、早急にエスカレーションするよう指示してはどうかと提案した。そして、エスカレーションを受けた際は、なぜこのくらいの顧客対応が出来ないのかと責めないことをお願いした。その代わり、Tさんが行っていた事務処理のチェック業務などを彼女に任せてみてはどうかと伝えた。Tさんは、彼女を育てたいと思っていたため納得してくれた。

守って認めることが育成の要

それから暫くたち、すでにそのセンターを離れたていた私は、Sさんからの嬉しい便りを耳にした。Sさんが管理者に昇格したとのことだった。

 

Sさん曰く「最初はエスカレーションする度に気が引けました。でも、Tさんが本当に快く代わってくれたんです。その時私は、Tさんや会社が私自身を本当に大切に思ってくれていることがわかりました。そして、Tさんが行っていた事務処理やチェックの業務を手伝うときは、そんなTさんの役に立とうと、一生懸命に行いました。その後、Tさんにいろいろ教えてもらい、まだ完璧ではないけれど、苦手なタイプのお客様にも対応できるようになってきました。」とのことだった。

 

図‐②は韓非子の言葉である。訳は「人間というものは、安全であり利益があるところに寄るものだ。ここは危険で害があると判断すれば、そこから去っていく。これは人情だ。」

といったところだろう。組織の将来性といった「安全」(「安」)だけでなく、働く者が「成長感」や「貢献感」を実感(「利」)できる組織でこそ、人はイキイキと働くことができるのである。

 

私たち管理者はコミュニケーターを守り、認めなければならない。そして、そのことこそが、彼らの安心と自尊心を充足させることとなり、パフォーマンスが向上するのだ。ぜひ皆様の職場で、韓非子のいう「安利」が整っているかを今一度振り返っていただきたい。